主催教室

活動内容

乳幼児教室①

平成30年6月19日 第1回乳幼児教室を開催しました。子育て支援センター、民生委員児童委員さんの協力を得て、9人の幼児が保護者と一緒に参加しました。パネルシアター、手製ペットボトルでんでん太鼓、親子ふれあい遊びなど親子どうしの交流の場となりました。平成30年度は3回開催し、次回は9月11日と12月に開催する予定です。

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料理教室を開催

平成30年5月30日 料理教室を開催しました。平成30年度は、簡単料理教室3回、米穀料理教室1回を開催します。第1回料理教室は、白片肉(バイビエンロウ)、おこげの八宝、杏仁豆腐を作りました。講師は元県立高等学校家庭科教師の白井孝子さん。

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和菓子教室を開催

平成30年5月22日 和菓子教室を開催し、「都まんじゅう」と「くるみゆべし」を作りました。

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鈴鹿市西部を訪ねて<神戸別院・だるま寺・神明社・マンボ・掩体壕>

平成30年4月23日 公民館主催事業「健康ウォーク・鈴鹿市西部の歴史文化をめぐる」を開催しました。Cバスを利用し、三重県鈴鹿市神戸~深溝町~三畑町を歩きました。鈴鹿市神戸町「道路元標」:大正時代に全国の市町村に設置された道路元標が旧伊勢街道沿いに残っています。②神戸別院 明治天皇行在所・玉座 深溝町の江西寺「通称だるま寺」 境内には中国の達磨大師が亡くなられた地にあった塔が復元されています。深溝町の「神明社」では春になると石楠花(しゃくなげ)が咲き誇ります。 神明社は宗教機能とともに供御物を伊勢神宮へ運搬するまでの一時的収納する倉庫の役割を果たしていました。三重県内では中南勢地区には神明社は皆無で北勢地区のみに集中して遠距離の桑名が最多です。中南勢地区は、伊勢神宮に近距離で直接供物を運搬できるため倉庫不要の結果とみられます。愛知県・岐阜県に神明社は多数みられます。(参考出展:「深溝・三畑・追分の郷土誌 神明社由来」p.47) 三重県特産のツツジ ⑥マンボ 三畑町には何本ものマンボが点在します。鈴鹿山脈東麓の扇状地に多く掘られました。水源を地下に求め暗渠で導き水田を灌漑するものです。掘削当時は、水源付近は山林でしたが現在は開墾され茶畑・花木畑となり、日穴(たて穴)は危険防止のため塞がれ、日穴の場所は分りにくくなっています。三畑町には三重県内では唯一のコンクリート製掩体(えんたい)壕が残されています。北伊勢陸軍飛行場掩体は国の登録有形文化財に指定されています。

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鈴鹿市国府地区をめぐる<府南寺アイナシと戦争遺跡>

三重県鈴鹿市国府町・平野町・住吉町には、現在でも旧海軍工廠施設の一部が残っています。平成30年4月5日 鈴鹿市国府地区に残る戦争遺跡を巡りました。①府南寺アイナシ ②鈴鹿海軍工廠金場煙突跡地(通称ナンバハチ)③火管圧填場跡 ④火薬庫跡 平野町には、かつて巨大煙突「ナンバハチ」がありました。近くに、かつての火管圧填場跡2棟がアパートに改修されて残っています。火薬倉庫跡3棟も残っています。旧刑務所跡は、現在最近建設された道路となっています。⑤住吉町には、巨大なコンクリート壁の機銃発射場着弾場跡の威容を見ることができます。⑥奈良池北岸には、2棟の大きな高さ5mほどのコンクリート製の疎開倉庫が残されています。所有者の了解を得て内部も見ることができました。住吉神社境内には、この倉庫上部の土盛りが確認できます。倉庫上部土盛りの天窓と思われる開口部は、戦後のダイコンの漬物倉庫として利用したとき明かり取りのため開けられたものです。隅の煉瓦作りの構造物は、倉庫の二重天井の空気溝で、海軍当時のものです。なお、住吉神社は戦後昭和22年に設置され、疎開倉庫建設時にはこの地にありませんでした。 国府公民館と共催で「健康ウォーク戦争遺跡めぐり」として実施しました。

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