戦争遺跡<塹壕跡>を発掘調査

旧海軍の塹壕跡と思われる鈴鹿市北江島町の小山頂上部の溝を発掘調査し、壕の深さを確認しました。駒田利治氏の指導を受けて、2か所溝底部を発掘しました。溝底までは溝両側から崩落した土砂が何層にも堆積しており、堆積底部からガラスビン破片や木材破片が出土したので、江戸期などに掘られた溝ではないことがわかりました。2か所の発掘で、溝の深さ(現況1mほど)は、1,40m、1,26mだったことが分かりました。小山頂上部にS字状に溝が残り、塹壕の特徴をよく残しています。近くこの小山は宅地造成で消滅するため、愛宕公民館では写真と地形図で記録しました。発掘は土地所有者の了解を得て行いました。(平成31年3月29日)

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三重県鈴鹿市北江島町で旧海軍の塹壕跡と思われる溝を調査しました。小高い小山の頂上部にS字型で深さ1m延長40m程の溝が残っています。地元の人たちは防空壕跡と言っています。隣接する家の人に聞くと、自宅と車庫の下にも建築前には長く深い溝があったとのことでした。小山頂上部と周辺で2重の塹壕ラインがあったと思われます。近くには、戦時中は広大な鈴鹿海軍航空基地がありました。鈴鹿海軍航空基地を制圧するため上陸した米軍との地上戦を想定した陣地・塹壕跡と思われます。(平成31年3月21日)

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