旧海軍・陸軍飛行場の掩体壕

近澤さん作図の掩体

近澤さん作図の掩体

空中写真に写る掩体壕

空中写真に写る掩体壕

 

鈴鹿市の戦争遺跡展示を開催したところ、展示写真を見学しに来た人から飛行場に設置されていた掩体壕の話を聞くことができました。鈴鹿海軍航空基地海軍航空廠で一式陸上攻撃機の整備をしていた近澤秋男さん(亀山市在住)です。飛行場の隅に戦後も残されていた掩体壕を思い出しながら図に描いていただきました。昭和22年の米軍撮影の空中写真には、描いていただいた図と同様のコ型の掩体壕跡が写っています。陸運飛行場の誘導路に現在も残る掩体壕は馬蹄形ですが、海軍はコ型の形状だったようです。

平成28年5月29日歴史講座戦争遺跡受講者と一緒に掩体壕を見て回りました。陸軍秘匿飛行場の土製掩体壕(四日市市水沢野田町地内)と陸軍北伊勢飛行場のコンクリート製掩体壕(鈴鹿市三畑町地内)の現地確認を行いました。(平成28年5月30日)

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旧陸軍秘匿飛行場は東西南北十文字の滑走路だったことが航空写真から分っています。滑走路の東西は、長瀬神社駐車場付近から鈴鹿市農村環境改善センターまであったようです。農村環境改善センターの近くに掩体壕(鈴鹿市追分町地内)が残存しているとのことで、現地を確認しました。道路で分断されていますが、よく形状が残っています。(平成28年6月18日)

追分掩体壕1追分掩体壕2追分掩体壕3