白江野用水水源地 ①

白江野用水誕生取水ゲート

 

市武道館北側~江島台~愛宕の旧伊勢街道沿いに、白江野用水が通っています。白江野用水は、明治13年(1880)用水建設の試掘願いが出され、明治14年(1881)工事を着工し明治20年鬼ケ淵にたどり着きました。しかし、水量不足から第2水源を求め、明治28年(1895)葉山川(現在の平野川)の引込口(写真右)を、さらに鈴鹿川堤防外に湧水池を作り水源地としました。現在の水源地湧水池は、鈴鹿川堤防拡張工事により現位置に移設されたものだとのことです。工事期間15年、延長約10kmの農業用かんがい用水路です。「白江野(しろえの)用水」の名称の由来は、白子・江島・野町の3か所の村の頭文字をとったものです。(参考:「白江野用水百年のあゆみ」白江野土地改良区 昭和54年)

掘割跡

掘割跡

掘割

掘割

 

 

昭和30年代には、旧平田野中学校前に城の空堀のような大きな掘割りが残っていました。今は駐車場として埋め立てられています。旧校舎フェンス近くに現在も掘割の一部が残っています。掘割の下にトンネルの水路が掘ってあり、大規模な難工事を表す唯一の場所です。この掘割も近く埋め立てられるとのことです。<平成28年4月14日訪れた時は埋められていました。>旧平田野中学校付近は掘割でしたが、旭化成敷地~大池地内は、昭和30年代には既に暗渠(地下水路)となっていました。(平成27年7月11日)

昭和22年米軍撮影の鈴鹿海軍工廠跡

昭和22年米軍撮影の鈴鹿海軍工廠跡

用水建設当初の用水上流部は、すべて掘割だったとことです。昭和22年米軍撮影の鈴鹿海軍工廠跡空中写真を見ると、海軍工廠敷地内(現在のホンダ鈴鹿工場正門前と旧平田野中学校の間、旭化成工場敷地内)に白江野用水の掘割がはっきりと写っています。

 

 

 

 

写真①:筒井川と用水路の交差点工事(明治22年)  写真②:鈴鹿川堤防から見た水源地。水源地の真ん中に井戸が掘られているとのこと。道路の向こうは平野町   写真③:水源地の湧水は葉山川へと流れる。写真右は鈴鹿川堤防。  写真④:葉山川からの取水ゲート(平野町)