愛宕の歴史 【1】愛宕地区の移り変わり 1-5 愛宕地区の区画整理

1-5 愛宕地区の区画整理
<江島地区> 現在の中江島・南江島・新江島地区は、一面、水田だったところを昭和57年から実施された鈴鹿都市計画事業江島土地区画整理事業により、現在のような宅地、道路、街路灯、公園などが整備されました。 施行面積:423ha 換地処分公告:平成11年2月2日 写真は昭和62年11月
<原永地区> 昭和57年7月起工し、昭和63年3月竣工しました。面積150ha。富士見ヶ丘公園に竣工記念碑が設置されています。

愛宕の歴史 【2】愛宕小学校と周辺地域の公共施設 2-1愛宕小学校 2-1-2教室の様子(児童用机・腰掛け)

 愛宕小学校教室では昭和45年まで二人用木製机が使われていました。椅子(腰掛け)は一人用でした。昭和46年3月愛宕小学校卒業アルバムから現在のような一人用スチー ル机に代わったことが確認できます。 学校で使う机や椅子(いす)については、明治に国や県で規格が定められれており、当時は机も椅子(当時は腰掛けと呼ばれていました)も2人掛けでした。愛宕小学校や白子小学校の昭和30年代の写真からは、二人用木製机のときも椅子は一人用のようでした。白子小学校の父兄参観写真の欠席児童の机を見ると蓋(ふた)があったことが分かります。昭和30年代から昭和50年代になって一人がひとつの机を使用する現在の姿に移行したようです。

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愛宕の歴史 【2】愛宕小学校と周辺地域の公共施設  2-1愛宕小学校 2-1-3 老朽化

2-1 愛宕小学校  2-1-3 愛宕小学校の老朽化 

昭和47年10月5日市報「広報すずか]の記事。旭が丘小学校のコンクリート校舎に比べ、愛宕小学校木造校舎は老朽化が進んでいることが書かれています。現在の旭が丘小学校は、平成19年7月立て替えられ、さらに先進的な校舎となっています。

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愛宕の歴史 【2】愛宕小学校と周辺地域の公共施設 2-1 愛宕小学校 2-1-4 木造校舎解体  

2-1-4 愛宕小学校 木造校舎解体
全景写真は、昭和44年当時の愛宕小学校木造校舎です。白い屋根は講堂です。講堂は式典や講演を行うところで、体育館は屋内で運動を行うところです。講堂の東に写っているのは愛宕幼稚園です。 愛宕幼稚園は昭和35年に開設されました。昭和36年 講堂完成。昭和46年7月 プール完成(20周年記念行事)
<昭和50年10月> 新校舎第一期工事始まる ・昭和51年 旧木造校舎解体  <昭和53年1月> 新校舎(3階建)完成 <昭和54年1月> 新校舎(2階建)完成、 2月竣工式 <昭和62年3月> 愛宕幼稚園は小学校東側に移転 <昭和63年3月> 屋内運動場(現体育館)竣工 <平成29年3月> 愛宕幼稚園 解体撤去   

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愛宕の歴史 【2】愛宕小学校と周辺地域の公共施設 2-1愛宕小学校 2-1-5平成2年創立40周年

2-1-5 鈴鹿市立愛宕小学校    写真①:愛宕小学校創立40周年記念写真写真。平成2年(1990)10月 創立40周年記念式典  写真②:撤去前の愛宕幼稚園。愛宕小学校東の愛宕幼稚園は平成29年に解体撤去。 写真③:平成2年9月 旧給食調理室跡地(現運動場、野球ネット付近)にPTAがアスレチック設置  愛宕公民館は平成7年に設立されました。  愛宕小学校は令和2年9月20日創立70周年を迎えました。

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愛宕の歴史 【2】愛宕小学校と周辺地域の公共施設  2-2三重県農業試験場

2-2 三重県農業試験場  大正11年6月三重県立農事試験場が津市から河芸郡白子町江島(現・三重県鈴鹿市江島台1丁目)に移転開始。大正12年3月本場が白子町に移転完了。昭和25年三重県立農業試験場と改称。昭和32年三重県農業試験場と改称。昭和45年一志郡嬉野町に移転。三重県農業技術センター発足。

愛宕の歴史 【2】愛宕小学校と周辺地域の公共施設  2-3 鈴鹿市立体育館

2-3 鈴鹿市立体育館
昭和48年(1973)6月21日竣工。中日新聞に「鈴鹿市にデラックス体育館」「県下一の規模」として特集記事が掲載されました。体育館北側は三重県住宅供給公社が昭和47年6月から募集を開始した江島団地分譲住宅。 平成28年4月1日から施設命名権により鈴鹿市立体育館の愛称が「AGF鈴鹿体育館」となりました。令和3年に開催される「三重とこわか国体(ハンドボール協議)」の競技会場となるため、平成30年(2018)4月から令和2年4月まで大規模改修工事が行われました。 隣接する鈴鹿市武道館は、昭和62年9月開館しました。

愛宕の歴史 【3】鈴鹿海軍航空基地  3-1 鈴鹿市の旧軍施設

3 鈴鹿海軍航空基地  3-1 鈴鹿市の旧軍施設
鈴鹿市の軍施設は、昭和13年 鈴鹿海軍航空隊(鈴鹿市南玉垣町・旭が丘)、昭和16年 三菱重工業鈴鹿工場(鈴鹿市東玉垣町)と北伊勢陸軍飛行場(鈴鹿市広瀬町・亀山市能褒野町)、昭和17年 陸軍第一航空軍教育隊(鈴鹿市高塚町))と陸軍第一気象連帯(鈴鹿市石薬師町)、昭和18年 鈴鹿海軍工廠(鈴鹿市庄野・平田・住吉)が建設されました。 終戦間際の昭和19年~20年には鈴鹿陸軍飛行場(椿秘匿飛行場・追分町)が建設されました。
地図は、鈴鹿医療科学大学 白子キャンパス正門前に設置された海軍・陸軍施設の所在を示す看板です。

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基地跡地には広大な敷地を必要とする教育関係施設が進出しました。昭和24年5月 鈴鹿電気通信学園開設、昭和37年4月 国立鈴鹿工業高等専門学校開設、平成3年(1991)4月 鈴鹿医療科学大学(現千代崎キャンパス)・平成20年(2008)4月 鈴鹿医療科学大学白子キャンパス(電通学園跡地)開設。