愛宕の歴史 【3】鈴鹿海軍航空基地 3-2鈴鹿海軍航空基地 昭和22年終戦直後の基地空中写真

3-2 鈴鹿海軍航空基地 昭和22年(1947)米軍が撮影したi空中写真   日本地図センターは米国立公文書館において空中写真状況調査をおこない、第二次世界大戦末期~1950年代の貴重な空中写真を入手しました。 この空中写真は、日本全国都市部を中心に約7000枚あり、東京大空襲の写真や長崎原爆投下前後の写真、昭和22年のカスリーン台風や昭和34年の伊勢湾台風など、当時を知ることのできる貴重な写真です。

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愛宕の歴史 【3】鈴鹿海軍航空基地 3-4 海軍の戦闘機

3-4 海軍の戦闘機  艦上攻撃機:空母に搭載して雷撃を主たる任務とする。 陸上攻撃機:陸上基地から発進し敵艦隊に魚雷攻撃する攻撃機  局地戦闘機:陸上基地からの運用を前提とする迎撃戦闘機   鈴鹿海軍航空基地ではこれらの戦闘機を見ることができました。 九六式艦上戦闘機 零式艦上戦闘機 局地戦闘機雷電 陸上攻撃機天山 96式陸上攻撃機 1式陸上攻撃機

 


愛宕の歴史 【3】鈴鹿海軍航空基地  3-5 鈴鹿海軍航空隊(鈴鹿海軍航空基地)の練習機

 

3-5 鈴鹿海軍航空隊(鈴鹿海軍航空基地)の練習機
九〇式機上作業練習機  九三式中間練習機  (写真提供:鈴鹿市文化財課)   九三式中間練習機は、目立つように橙色に塗られていたことから別名「赤とんぼ」と呼ばれていました。

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愛宕の歴史 【3】鈴鹿海軍航空基地  3-6残存施設

kakunouko13-6 鈴鹿海軍航空基地 <残存施設>
格納庫5棟の格納庫のうち3棟の格納庫(撤去前・現鈴鹿市東旭ケ丘7丁目)が残されていましたが撤去されました。鈴鹿高専進出時に撤去された2棟のうち1棟が近鉄塩浜駅に移設され現在も使用されています。  

 

愛宕の歴史 【3】鈴鹿海軍航空基地 3-7愛宕付近の施設

3-7 鈴鹿海軍航空基地<愛宕付近の施設> 昭和22年航空写真
①二空廠引込線。白子駅からの引込み線路 ②打越隧道式弾庫・隧道式燃料庫 菅原社(打越・鈴鹿市岸岡町)の地下に掘られていました。 ③農業試験場(現 江島台1丁目)   ④⑤三菱重工業宿舎または海軍官舎と思われるが不明  ⑥三菱重工業工員住宅(現 北江島町 愛宕住宅) ⑦愛宕山高角砲台 45口径10式12糎(センチ)高角砲4門、96式25粍(ミリ)連装機銃2機、 4号電波探信儀二型改二1機が設置されていました。  ⑧二空廠砂山官舎(現 砂山 岸岡町)


 

愛宕の歴史 【4】愛宕地域の祭礼・伝統行事  4-1 江島若宮八幡神社(江島神社)

ezimazinzyakyuuhonden34-1 江島若宮八幡神社(江島神社 鈴鹿市東江島町)

もと若宮八幡社と称しました。江戸時代、別に青龍寺(白子本町)門前に大宝院があり明治以降江島神社と改称しました。明治42年これを合祀して「江島若宮八幡社」となりました。(参考:鈴鹿市教育委員会編「鈴鹿市の文化財」)  江島若宮八幡神社は、江島に神社は1社だけなので「江島神社」と呼ばれています。本殿は平成5年に建替えられました。

 

愛宕の歴史 【4】愛宕地域の祭礼・伝統行事  4-1江島神社 4-1-4 絵馬

4-1 江島若宮八幡神社の絵馬   絵馬群は、江戸初期の承応元年(1652)に始まり寛文期の絵馬が多い。多くは白子回船業者が、航海の安全・商売繁盛を祈願して奉納したもの。図柄には馬・武者などのほか町絵図・回船図などがあり、白子の町や港の様子がしのばれます。拝殿収蔵庫には多数の絵馬が収納されていますが、うち江戸時代だけの71面が三重県の文化財に指定されています。 (参考:鈴鹿市教育委員会編「鈴鹿市の文化財」)
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