歴史講座④<北勢の戦国山城と史跡めぐり>

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平成29年12月5日 愛宕公民館歴史講座「北勢の戦国山城と史跡めぐり」を開催しました。三重県には多数の文化財が残されています。これらの文化資産を地域の共通財産として保存し守り育てていくため、地域の歴史を学びました。ヤマトタケルの伝承が残り三重県の県名の由来となった「杖衝坂」、戦国時代の城郭形状を残し曲輪間に掘り入まれた空堀や堀切、巨大な土塁など迫力のある巨大山城の「采女城」、幅が15m・深さ5mと北勢地方で最大級の規模の掘、低土塁で囲った屋敷跡と思われる区画、明確な城道など采女城とは異なる特徴をもつ「保々西城」、菰野町竹成の「五百羅漢」をバスを使って巡りました。現地での解説は、愛宕公民館 平子館長が行いました。参加者37人

采女城跡

采女城跡

保々西城跡現地看板

保々西城跡現地看板

保々西城空堀

保々西城空堀

杖衝坂

杖衝坂

 

歴史講座③「東海道と亀山城」

平成29年10月24日 愛宕公民館歴史講座③「東海道と亀山城 ~庄野宿から鈴鹿峠まで~」を開催しました。古代において都から各地を結んだ直線道路の存在、直線道路を基軸とした方形の区画、鈴鹿峠の鬼伝説など道でつながる歴史を分りやすく解説していただきました。講師:亀山市教育委員会生涯学習室 亀山隆室長

歴史講座

歴史講座

京都祇園祭「鈴鹿山」

京都祇園祭「鈴鹿山」

Takada Honzan Senjuji Temple 高田本山専修寺が国宝に!

の文化審議会は平成29年10月20日、三重県津市一身田の真宗高田派本山専修寺(せんじゅじ)の御影堂と如来堂の2棟を国宝に指定するよう、文部科学大臣に答申しました。答申通り指定されれば、三重県初の国宝建造物となります。(平成29年10月20日)

真宗高田派本山専修寺(せんじゅじ 三重県津市一身田町)は、三重県最大の仏教寺院です。広大な境内には多くの建造物が建ち並び、中でも13棟の建造物が国の重要文化財に指定されています。専修寺最大の建物である御影堂(みえいどう)は、木造建築物としては全国で5番目の大きさです。山門をくぐると如来堂と御影堂が堂々とした姿を現します。専修寺御影堂は350年前、如来堂は270年前に建てられた三重県が誇る歴史的建造物です。御影堂は平成12年~20年に総工費29億円をかけて修復工事を行いました。 (平成28年6月29日)

Takada Honzan Senjuji Tempe,head temple of Shinshu Takada-ha(the Shinshu Takada sect of the Jodo Shinshu Buddhist school). It is the largest Buddhist temple in Mie Prefecture. It is popularly known as Takada Honzan. In the spacious compounds are 13 structures designated as important national cultural properties.

御影堂 ①如来堂 ②山門 ③唐門 ④太鼓門⑤御廟唐門・透塀 ⑥

 

鈴鹿市の戦争遺跡 再発見<海軍工廠>

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愛宕公民館では、昨年度から歴史講座の一環として鈴鹿市の戦争遺跡について調査してきました。今年度は新しい取り組みとして、国府公民館、牧田公民館と3館共同で戦争遺跡についての歴史講座を開催しました。今回は特に残存資料が少ない「鈴鹿海軍工廠」を中心にして、これまでの調査成果報告と目撃体験などの聞き取りを行いました。70数年前、鈴鹿に巨大な軍施設「鈴鹿海軍工廠」がありました。戦後に米軍が撮影した航空写真を見ると、多くの施設・建物が分散して建設されていたことが分ります。広大な軍施設でしたが、その詳細を知る資料は少なく、戦後の工場立地や住宅建設などで人々の記憶から消えていこうとしています。歴史講座では、前半に戦後撮影された写真と現存施設跡写真をもとに解説した後、後半で参加者から鈴鹿海軍工廠についての目撃談、体験談を聞き、意見交換、情報収集を行いました。国府公民館、牧田公民館とも、戦中・戦後の海軍工廠について実際に見たことがある人が多く来場し、貴重な話が聞けました。新聞で講座を知った人(志摩市大王町)から工廠工員養成所卒業証書を送付していただきました。海軍工廠についての情報、資料、写真をお持ちの方は、愛宕公民館(電話 059-388-5909)までご連絡ください。

平成29年7月11日(火):国府公民館  7月12日(水):牧田公民館  会場では戦後に撮影された海軍工廠の写真、現存する施設跡の写真を展示しました。

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歴史講座②「文化財と文化財保護」

平成29年6月6日第2回歴史講座「文化財と文化財保護」を開催しました。文化財保護の歴史、指定文化財の種類、県内文化財の事例などについて、分りやすく解説していただきました。三重県の出前講座を活用しました。講師:三重県教育委員会社会教育・文化財保護課竹田憲治班長 質疑として、戦国山城采女城と保々西城(第4回歴史講座で現地訪問予定)の文化財指定、鈴鹿関の国史跡指定、伊勢神宮の世界遺産指定、文化財修復補助金など論議しました。  講座終了後、受講生から四日市市の「末広橋梁」と桑名市の「六華苑」を見学したいとの要望があり、6月14日に受講生4人で見学に行くことになりました。

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歴史講座① 鈴鹿市の戦争遺跡<新しい発見>

平成29年5月23日第1回歴史講座「鈴鹿市の戦争遺跡<新しい発見>」を開催しました。70数年前に鈴鹿にあった鈴鹿海軍航空隊、鈴鹿海軍工廠、陸軍秘匿飛行場について、パワーポイントを使って解説しました。現存する戦争遺跡を中心に館長が説明しました。次回は6月6日「文化財の魅力発信」を開催します。講師は三重県教育委員会の文化財担当職員の方を予定しています。

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鈴鹿・亀山の歴史再発見<史跡めぐり見学会>

平成28年12月6日 愛宕公民館歴史講座「鈴鹿・亀山の歴史再発見」史跡めぐり見学会を開催しました。大型バスで現地を巡りました。参加人数44名 【行程】①高田本山兼帯所 (鈴鹿市三日市町)津市の高田本山より古い伊勢地方真宗発祥の地。6寺が整然と並んでいます。寿福院には椨(たぶ)の木と真柏(しんぱく)の巨木があります。②白鳥塚古墳(鈴鹿市加佐登町 加佐登神社)ヤマトタケルの終焉伝承地の一つ。墳丘には葺石(ふきいし)が確認できます。近くに宝冠塚、宝装塚、綺宮(かんはたのみや)跡があります。 ③荒神山(鈴鹿市高塚町)江戸末期の喧嘩騒動が講談や浪曲で有名になりました。広沢虎造が建立した吉良仁吉碑があります。 ④能褒野王塚古墳(亀山市田村町  能褒野神社 )ヤマトタケルの陵墓。北勢地方最大の前方後円墳。現在も宮内庁が管理しています。 ⑤峰城(亀山市川崎町)高い土塁や戦国城郭としての縄張りがよく残る大規模中世城郭。羽柴秀吉が大軍で数か月包囲するも開城まで2ヶ月以上持ちこたえました。地元の「峯城址を守る会」と交流しました。 ⑥龍ケ池(鈴鹿市伊船町) ⑦戦争遺跡土製掩体壕(鈴鹿市追分町)終戦直前に鈴鹿市追分町から椿一宮町にかけて陸軍の飛行場が作られました。十字形の滑走路の周囲には多くの誘導路と掩体壕が造られました。現在、滑走路や誘導路は畑となり、掩体壕は戦後撤去されましたが数体の掩体壕の土塁が林の中に残っています。最近発見された掩体壕を見学しました。⑧下大久保マンボ(四日市市鹿間町)久間田神社境内にある地下トンネル水利施設。日穴が一直線に点々と続いています。

峯城の攻防については、亀山市歴史博物館HP第9章織豊政権と亀山市域・第2節天下人をめぐる戦いと伊勢国参照

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歴史講座 高田本山専修寺めぐり

高田本山専修寺(せんじゅじ)は、三重県最大の仏教寺院で、広大な境内には多くの建造物が建ち並んでいます。御影堂(みえいどう)と如来堂は国の重要文化財に指定されていましたが、平成25年に新たに山門、唐門、通天橋(つうてんきょう)、太鼓門、御廟拝堂、御廟唐門及び透塀(すきべい)、鐘楼、茶所、大玄関、対面所、賜春館(ししゅんかん)など11棟の建造物が国の重要文化財に指定されました。専修寺の建造物はいずれも規模雄大で、優れた意匠をもっています。本山寺院にふさわしい格式をもつ壮大な伽藍を創出しています。中でも御影堂は、地方寺院としては最大規模を誇り、江戸時代の優れた寺院建築です。10月2日愛宕公民館歴史講座として、15名が環濠に囲まれた寺内町(じないちょう)と本山の各建物を見て回りました。大玄関、御対面所、賜春館の特別拝観も行いました。(平成28年10月2日)

Takada Honzan Senjuji Tempe,head temple of Shinshu Takada-ha(the Shinshu Takada sect of the Jodo Shinshu Buddhist school). It is the largest Buddhist temple in Mie Prefecture. 

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伊勢国府跡を紹介しています!

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平成28年7月1日~7月15日愛宕公民館エントランスで伊勢国府跡発掘調査の写真展示を行っています。7月8日は鈴鹿市考古博物館にお願いして歴史講座「伊勢国府と伊勢国分寺」を開催します。

 

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旧海軍・陸軍飛行場の掩体壕

近澤さん作図の掩体

近澤さん作図の掩体

空中写真に写る掩体壕

空中写真に写る掩体壕

 

鈴鹿市の戦争遺跡展示を開催したところ、展示写真を見学しに来た人から飛行場に設置されていた掩体壕の話を聞くことができました。鈴鹿海軍航空基地海軍航空廠で一式陸上攻撃機の整備をしていた近澤秋男さん(亀山市在住)です。飛行場の隅に戦後も残されていた掩体壕を思い出しながら図に描いていただきました。昭和22年の米軍撮影の空中写真には、描いていただいた図と同様のコ型の掩体壕跡が写っています。陸運飛行場の誘導路に現在も残る掩体壕は馬蹄形ですが、海軍はコ型の形状だったようです。

平成28年5月29日歴史講座戦争遺跡受講者と一緒に掩体壕を見て回りました。陸軍秘匿飛行場の土製掩体壕(四日市市水沢野田町地内)と陸軍北伊勢飛行場のコンクリート製掩体壕(鈴鹿市三畑町地内)の現地確認を行いました。(平成28年5月30日)

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旧陸軍秘匿飛行場は東西南北十文字の滑走路だったことが航空写真から分っています。滑走路の東西は、長瀬神社駐車場付近から鈴鹿市農村環境改善センターまであったようです。農村環境改善センターの近くに掩体壕(鈴鹿市追分町地内)が残存しているとのことで、現地を確認しました。道路で分断されていますが、よく形状が残っています。(平成28年6月18日)

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