鈴鹿の歴史・文化再発見

活動内容

伊勢型紙の製造行程

伊勢型紙フェスタ「匠の里」開催に合わせ、伊勢型紙の型地紙製造所の一般公開があり見学してきました。㈱大杉型紙工業の職人さんから型地紙(かたじがみ 渋紙)の製造行程を教えていただきました。①柿渋と美濃和紙 ②紙つけ ③生紙張り ④天日干し ⑤こそげ ⑥室枯らし の実際の作業を見ることができました。  先日、伊勢型紙の「こほん」や彫る道具が愛宕公民館に寄贈されたので、伊勢型紙についての解説展示企画を準備しています。(平成30年11月10日)

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伊奈冨神社獅子舞

伊奈冨神社(いのうじんじゃ 三重県鈴鹿市稲生西2丁目)では、3年ごとに4頭の獅子が舞う獅子神楽(ししかぐら)が行われます。稲生町内の各地区や寺院を巡回して行われます。獅子4頭、口取り4名で構成されます。4月は15日、16日にあります。三重県指定無形民俗文化財です。写真撮影:愛宕公民館写真サークル 坂正道さん

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鈴鹿・亀山の歴史再発見<史跡めぐり見学会>

平成28年12月6日 愛宕公民館歴史講座「鈴鹿・亀山の歴史再発見」史跡めぐり見学会を開催しました。大型バスで現地を巡りました。参加人数44名 【行程】①高田本山兼帯所 (鈴鹿市三日市町)津市の高田本山より古い伊勢地方真宗発祥の地。6寺が整然と並んでいます。寿福院には椨(たぶ)の木と真柏(しんぱく)の巨木があります。②白鳥塚古墳(鈴鹿市加佐登町 加佐登神社)ヤマトタケルの終焉伝承地の一つ。墳丘には葺石(ふきいし)が確認できます。近くに宝冠塚、宝装塚、綺宮(かんはたのみや)跡があります。 ③荒神山(鈴鹿市高塚町)江戸末期の喧嘩騒動が講談や浪曲で有名になりました。広沢虎造が建立した吉良仁吉碑があります。 ④能褒野王塚古墳(亀山市田村町  能褒野神社 )ヤマトタケルの陵墓。北勢地方最大の前方後円墳。現在も宮内庁が管理しています。 ⑤峰城(亀山市川崎町)高い土塁や戦国城郭としての縄張りがよく残る大規模中世城郭。羽柴秀吉が大軍で数か月包囲するも開城まで2ヶ月以上持ちこたえました。地元の「峯城址を守る会」と交流しました。 ⑥龍ケ池(鈴鹿市伊船町) ⑦戦争遺跡土製掩体壕(鈴鹿市追分町)終戦直前に鈴鹿市追分町から椿一宮町にかけて陸軍の飛行場が作られました。十字形の滑走路の周囲には多くの誘導路と掩体壕が造られました。現在、滑走路や誘導路は畑となり、掩体壕は戦後撤去されましたが数体の掩体壕の土塁が林の中に残っています。最近発見された掩体壕を見学しました。⑧下大久保マンボ(四日市市鹿間町)久間田神社境内にある地下トンネル水利施設。日穴が一直線に点々と続いています。

峯城の攻防については、亀山市歴史博物館HP第9章織豊政権と亀山市域・第2節天下人をめぐる戦いと伊勢国参照

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郷土史 「竜が池物語」が発刊されました

元公民館職員だった桑山真理子さんが作画した「漫画で読む郷土史 竜が池物語」が公民館へ寄贈されましたので、図書コーナーへ配架しました。江戸時代前期の寛文5年(1665)伊船村(現在の三重県鈴鹿市伊船町)が水不足のため、村の東の谷を堰き止め溜め池を作る築堤工事を行った際に、お龍(りゆう)さんという女性がその犠牲となって完成したという伝承があります。池の名を「竜ヶ池」といい、池の水は伊船村のみならず下流域にも恩恵をもたらし現在にまで及んでいます。お龍さんの碑は昭和35年に建立されたものです。(参考:鈴鹿市史第2巻p493)<平成28年8月14日>

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旧海軍・陸軍飛行場の掩体壕

近澤さん作図の掩体

近澤さん作図の掩体

空中写真に写る掩体壕

空中写真に写る掩体壕

 

鈴鹿市の戦争遺跡展示を開催したところ、展示写真を見学しに来た人から飛行場に設置されていた掩体壕の話を聞くことができました。鈴鹿海軍航空基地海軍航空廠で一式陸上攻撃機の整備をしていた近澤秋男さん(亀山市在住)です。飛行場の隅に戦後も残されていた掩体壕を思い出しながら図に描いていただきました。昭和22年の米軍撮影の空中写真には、描いていただいた図と同様のコ型の掩体壕跡が写っています。陸運飛行場の誘導路に現在も残る掩体壕は馬蹄形ですが、海軍はコ型の形状だったようです。

平成28年5月29日歴史講座戦争遺跡受講者と一緒に掩体壕を見て回りました。陸軍秘匿飛行場の土製掩体壕(四日市市水沢野田町地内)と陸軍北伊勢飛行場のコンクリート製掩体壕(鈴鹿市三畑町地内)の現地確認を行いました。(平成28年5月30日)

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旧陸軍秘匿飛行場は東西南北十文字の滑走路だったことが航空写真から分っています。滑走路の東西は、長瀬神社駐車場付近から鈴鹿市農村環境改善センターまであったようです。農村環境改善センターの近くに掩体壕(鈴鹿市追分町地内)が残存しているとのことで、現地を確認しました。道路で分断されていますが、よく形状が残っています。(平成28年6月18日)

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