文化

活動

行灯の制作= 亀山市歴史博物館で調査 Andon<Paper-covered lantern>

愛宕公民館は、令和2年度「伊勢型紙小本の活用事業」について岡田文化財団の助成金を得ることができました。伊勢型紙こほん撮影データを活用した事業が助成対象です。亀山市歴史博物館の協力を得て、館蔵資料の置行灯(おきあんどん)を調査しました。収蔵行灯と復元行灯を見せていただき、江戸~明治に使われた実際の行灯の大きさ・構造・紙の貼り方などを調べました。亀山市歴史博物館HP⇒収蔵資料  愛宕公民館では、令和2年度に伊勢型紙を活用した行灯制作講座を予定しています。愛宕校区外の人も参加できます。問い合わせ:鈴鹿市立愛宕公民館 ℡059-388-5909 (愛宕公民館 令和2年2月8日)

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愛宕公民館で行灯(あんどん)を3基作りました。制作にあたって、愛宕公民館サークル生の軣(とどろき)英隆さんの協力を得ました。館長が基本設計と木材・LED電球など機材の調達をし、軣さんは表具師の経験を活かして木組み・障子紙貼りを行いました。 (愛宕公民館 平成30年10月8日)

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2020年2月9日 | カテゴリー :

日展東海展 <スタイロフォームと和紙で動物>

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愛知県美術館で「日展東海展」が開催されています。2月16日まで。 愛宕公民館の主催講座で、スタイロフォームと和紙を使って動物を作る講座講師の上原正廣さんの作品「つかの間の平穏」が入選出品されています。上原さんの作品コメント「一見ほほえましい光景に見えるが親は授乳中でも回りを警戒していて耳をそば立てて小さい音も動きもみおとさず聞きのがさないように緊張して子供を守っている様子を作りました。」 日展入選者HP⇒「第6回日展」 東海展 「私の作品」HP⇒日展東海展  (愛宕公民館 令和2年2月4日)

令和元年11月26日 愛宕公民館では「スタイロフォームと和紙で干支作り」を開催しました。12日に作ったスタオロフォームの型枠を、小刀でネズミの形に削りました。ネズミの形に削ったスタイロフォームに、各自の好みの色の和紙を水性ボンドで貼り付けました。 (愛宕公民館 令和元年11月26日)

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愛宕公民館主催講座「スタイロフォームと和紙で干支作り」の準備を始めました。制作日時:令和元年11月26日 場所:愛宕公民館ホール 講師:上原正廣さん(日展作家)。 来年の干支「ねずみ」を作ります。型紙から干支「ねずみ」の型枠を作りました。   It will be the mouse year next year. (愛宕公民館 令和元年11月12日)

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2020年2月4日 | カテゴリー :

愛宕公民館乳幼児教室④

令和2年1月24日 第4回愛宕公民館乳幼児教室を開催しました。地域の民生委員さんの協力を得て、13人の幼児とお母さんが一緒になり、歌、遊戯、パネルシアター、節分に合わせたボール遊びなど楽しい時間を過ごしました。 (愛宕公民館 令和2年1月24日)

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戦争遺跡「海軍伊賀上野航空基地 掩体壕」

 

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三重県伊賀市には、かつて海軍航空基地がありました。滑走路跡は、戦後、緑ケ丘中学校・上野東小学校・工場などになり、現在では伊賀国分寺周辺に土製掩体の一部が残るだけです。昭和22年の米軍空中写真には、滑走路跡、誘導路跡、掩体壕跡が撮影されています。緑ケ丘中学校グラウンドが滑走路の横幅になるので、滑走路の幅の広さがよく分かります。鈴鹿海軍航空基地の避難地にされたと考えられます。掩体壕は、伊賀国分寺の四方を囲む南側土塁に沿って2か所現存しています。掩体壕Aは前半部が削られていますが、壕幅は概測27mほどあるので海軍一式陸上攻撃機(全幅24.88m)が収容できる大きさです。掩体壕Bは、壕土塁は形状をよく留めていますが中心部は池となっています。米軍撮影空中写真の<赤印>が現存掩体壕跡。かつて鈴鹿海軍航空基地につくられた掩体壕は現存していないため、この伊賀市に残存する掩体壕から類推できます。また、三重県鈴鹿市に残る陸軍飛行場掩体壕との形状の違いがよく分かります。  (愛宕公民館 令和2年1月10日)

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伊賀国分寺跡の伽藍

国史跡「伊勢国分寺跡」(三重県鈴鹿市国分町)の保存整備が完了したことにあわせ、同じ三重県内に残る国史跡「伊賀国分寺跡」と比較するため、名阪自動車道に接して存在する現地を訪問確認しました。国史跡「伊賀国分寺跡」(三重県伊賀市西明寺字長者屋敷)は、奈良時代に建てられた国分寺の跡で、東西約220m、南北約240mの規模の土塁状の遺構に四方を囲まれています。中門、金堂、講堂が南北に並んで建てられ、基壇跡がわずかな高まりとして残存しています。中門と金堂を結ぶ回廊や講堂の背後には僧房と考えられる建物跡が判明しています。塔跡と思われる基壇の中心穴は心柱(しんばしら)礎石跡と思われます。 伊賀国分寺跡の東側には、国分尼寺と推定できる長楽山廃寺跡(国史跡)があります。尼寺跡にも、金堂、講堂と想定される基壇跡や築地跡と見られる土塁があるとのことですが、草木で覆われ中に入れませんでした。参考1:三重県教育委員会「三重県の文化財」p.291、p.292  参考2:国分寺跡伽藍⇒HP「伊賀市教育委員会 伊賀国分寺跡  (愛宕公民館 令和2年1月10日) 

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