歴史講座「発見!三重の歴史」

愛宕公民館歴史講座「発見!三重の歴史」を開催します。日時:令和3年6月22日(火)午後2時~ 場所:愛宕公民館ホール 講師:藤谷 彰さん(三重県文化振興課歴史公文書班) 参加費:200円 内容:江戸時代の三重県域での歴史事象をとりあげます。  歴史講座第2回 7月13日(火)午前10時~「北勢の古墳と三重の古墳時代」 講師:穂積裕昌さん(三重県埋蔵文化財センター)  歴史講座第3回 8月4日(水)午前10時~「関氏と鈴鹿川流域の遺跡」講師:駒田利治さん(三重県史編集委員) (愛宕公民館)

 

2021年5月24日 | カテゴリー :

江島地内の史跡位置確認調査

三重県鈴鹿市江島地内の江戸~明治初期の史跡跡の位置確認調査を行いました。江戸時代は現在の江島の大部分は、旗本小笠原候の領地でした。以前に他地区の歴史グループが作成した白子の歴史マップは、地図に表示されている史跡位置に誤りが多々あり、「愛宕の歴史」を編集するため正確な位置確認調査を行いました。古くから住んでいる地域の人からの聞き取りも行いました。⑦の場所については、戦後しばらく駐在所が置かれていたとの新しい情報も得られました。 ①紀州藩・小笠原領境界の榎(えのき)、②大宝殿社跡、③小笠原領主菩提寺雲心院、④江島陣屋跡、⑤小笠原領の屯所跡、⑥治安裁判所・登記所・法務局跡、➆明治初期の警察署・税務署跡 (令和3年4月23日 愛宕公民館)

藤棚に花が咲いています

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愛宕校区内の自治会の公園で藤の花が咲いています。4月~5月上旬にかけて藤の花が楽しめます。藤の花言葉は「歓迎」 (令和3年4月23日 愛宕公民館)

 

 

大木歯科医院 津波避難タワー

三重県鈴鹿市の沿岸部にある大木歯科医院(鈴鹿市南長太町)が隣接所有地に津波避難タワーを設置しました。鉄骨造りで120人収容の施設です。1階3.5m、2階7.5mで、自家発電機、物品引き上げ用ウインチを備えています。この地区は、大規模地震による津波浸水が1~2mと予想されています。鈴鹿市の津波避難ビルは29施設となりました。 (令和3年4月21日 愛宕公民館)

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愛宕公民館 五月人形武者飾り Warrior doll

 

愛宕公民館エントランスで五月人形武者飾りを展示しています。地域の人から愛宕公民館に寄贈していただいたものです。 a warrior doll that is displayed in the Boy’s Festival of Japan.  ( 愛宕公民館 令和3年4月11日)

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2021年4月11日 | カテゴリー :

桜の森公園の桜が満開です

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桜の森公園(三重県鈴鹿市南玉垣町)の桜が満開です。桜の森公園は鈴鹿医療科学大学白子キャンパスに隣接した広い公園で、ちびっこ広場、遊具広場、ウオーキングコースなど備え、防災機能をもつ公園として平成27年開園しました。桜の名所として多くの人が訪れます。入園無料。 (令和3年3月29日 愛宕公民館)

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歴史講座「愛宕地域の歴史」/ 近鉄名古屋線軌間拡幅工事記録映画

愛宕公民館歴史講座 令和3年3月16日 ① 愛宕地域づくり協議会(愛宕公民館)が情報・写真収集して編集したホームページ「愛宕の歴史」を歴史講座として解説しました。岸岡山古墳群、伊勢街道絵図、鈴鹿海軍航空基地、祭礼・伝統行事、懐かしい写真など、愛宕地域の歴史をプロジェクター・スクリーンを使って紹介。 ② 近鉄が名古屋線の伊勢湾台風復興と軌間拡幅工事を行った工事記録映画(昭和34年 40分)を視聴。 「伸びゆく近鉄・名古屋線軌間拡幅工事の記録」 近鉄は名古屋線の広軌化を昭和33年から計画し準備を進めていたところ、昭和34年9月伊勢湾台風により名古屋線は甚大な被害を受けました。しかし、台風による水没区間災害復旧を機に、名古屋線80km標準軌化を一挙に完工する事業を完了し、62日間で全線復旧、広軌化を成し遂げました。「伸びゆく近鉄」は半世紀以上も前に作られた工事記録映画ですが、近鉄の歴史を知る貴重な記録映像です。記録映像DVDは歴史講座で使用することで近鉄から借用しました。

愛宕の歴史 【 目 次 】

愛宕の歴史 【目次】 企画:愛宕地域づくり協議会 編集:鈴鹿市立愛宕公民館
1 愛宕地区の移り変わり
     1-1 古代~中世 1-2 江戸時代 1-3 伊勢街道 1-4 戦後の愛宕地区 1-5 愛宕地区の区画整理
2 愛宕小学校と周辺地域の公共施設
   2-1 愛宕小学校  2-2 三重県農業試験場  2-3 鈴鹿市立体育館  2-4 愛宕公民館
3 鈴鹿海軍航空基地
4 愛宕地域の祭礼・伝統行事
    4-1 江島神社  4-2 春日神社 4-3 地蔵堂 4-4 菅原社  4-5 愛宕神社
5 産業・交通
    5-1 白江野用水  5-2 伊勢型紙  5-3 昔の田植え 5-4 近鉄
6   昭和天皇の鈴鹿市行幸
7 懐かしい写真
* 参考文献・資料
  問い合わせ:鈴鹿市立愛宕公民館 電話059-388-5909 
   ≪ホームページ画像の無断転載・頒布を禁じます。≫
  <制作:令和3年2月>

 

愛宕の歴史 【1】愛宕地区の移り変わり 1-1 古代~中世 

【1】愛宕地区の移り変わり 1-1 古代~中世 

岸岡町の南に続く丘陵地は、旧石器時代から縄文、弥生、古墳時代、そして中世城跡を含む複合遺跡となっています。古墳、古窯、集落跡など確認されています。海岸近くは弥生時代の遺跡が分布しています。かつて岸岡山を中心に50基ほどの古墳群があったとされていますが、現在は現存22基、消滅18基(1号墳は調査の結果、古墳でなかったため欠番)となっています。

愛宕2号墳から銅鏡「七鈴鏡」がしました。径11.8㎝。鈴鏡(れいきょう)は古墳時代後期に製造された銅鏡で、7個のうち4個が欠損し3個が付設しています。振ると良い音がします。 25号墳・27号墳では家形埴輪が出土しています。平成9年の公園管理用道路建設のための調査では、弥生後期の竪穴住居跡33棟が発掘されています。

 中世城址の岸岡城跡は、古墳を利用して作られており、城主佐藤中務は神戸氏の配下で高岡城主の山路弾正とともに神戸六奉行の一人でした。

愛宕の歴史 【1】愛宕地区の移り変わり 1-2 江戸時代 1-2-1 大名の領地

1-2-1 江戸時代 大名の領地 (伊勢国絵図)
江戸時代の大名の領地は、幕府が公称していたのは「領分」で、「藩」の呼称は明治時代から使われました。
玉垣村、肥田村、土師村は津領、矢橋村は神戸領、柳村は旗本保田(やすだ)領と一部神戸領、岸岡村は亀山領と一部旗本保田領、江島村は旗本小笠原領(柳村の一部)と距離に関係なく支配が入り組んでいました。